沖縄県立石川高等学校2年

松 井   彩
 

「ニートへの偏見と可能性」
 
 私は、去年の夏休みにホテルでウエートレスのアルバイトをしました。初めはとても緊張して、不安もありましたが、周りのスタッフが優しく、仕事も丁寧に教えてくれたので、楽しく働くことが出来ました。しかし、早朝出勤が多く、そのうちに面倒くさくなって、早く辞めたいと思うようになりました。

 そんな時、あるお客さんから「おいしかったよ。ありがとう。お姉ちゃんアルバイト?また来るから頑張ってね」と、思いがけない言葉をかけられ、私は自分が恥ずかしくなりました。優しく指導してくれたスタッフにも申し訳なく思い「自分は何をしていたのか」と深く考えさせられました。

 何気ないお客さんの言葉が、私をかえてくれるきっかけとなり、その後、私は先輩スタッフの応対を真似ながら、仕事に励むようになりました。

 初めての給料をもらった時は、働いてお金をもらうことの大変さを実感し、何よりも自分の力で働いたという達成感を味わいました。

 最近、「ニート」という言葉をよく耳にします。自分が働いた体験から他人事とは思えず、詳しく知りたいと思うようになりました。

 私は、今までニートの人達に対して、親や社会に甘えて働くことを放棄しているのではないか、と偏見を持っていました。しかし、実際には人間関係を上手く築けなくて、働くことに自信を持てずに悩んでいる人達がニート人口を増やし、そのような人々の中に何年も引きこもってしまうケースがあることを知りました。

 私の場合、周りのスタッフが丁寧に指導してくれたおかげで、働くことに自信が持てるようになりました。もちろん失敗して落ち込んだりしましたが、ほかのことでカバーしようと気持ちを切り替えたのです。この前向きに働くという経験は、私の学校生活の中でも活かされ、今までなら自分で無理だと判断し拒否していたことを、今は「やってみなくては分からない」と前向きな気持ちで取り組むようになりました。

 私は引きこもりの人を批判するつもりはありません。しかし、社会に出ることが怖いという人々に、私が感じた達成感や充実感を味わって欲しいと思います。誰にでも才能があり、それをどこで発揮するかはその人次第です。もし、その才能を発揮しないまま引きこもっていては、自分という宝を磨かないで一生を終えることになりかねません。

 しかし一方で、ニート人口を増やしているその原因は、今の日本社会の仕組みそのものにあるのではないかと思います。日本は昔から「標準」にこだわり、その範囲からはみ出す人の考え方や行動を排除する傾向があります。だから引きこもりの人は普通ではない、つまり、変人扱いをして社会に受け入れないこと自体が問題だと思います。

 その上、働く事に対して前向きになれない人々に「国民としての労働」とか「納税の義務」などという、押しつけがましい言い方をします。これは、逆に追い詰める結果になっているのだと思います。

 ニート人口を減らすために、まず、引きこもっている人々に、国は「労働は才能を開花させるチャンスである」ということに気付かせ、それが「生きる楽しさ」につながるという点をアピールしていくべきだと思います。さらに、実際に働く場所を確保するべきだと考えます。

 もし、ニートの人々がそれぞれの才能を職場で発揮できた場合、あらゆる意味で行き詰まっている日本の経済に別の方向から新しい風が吹き、発展するチャンスになるのだと私は思います。

 私たち一人ひとりが歓迎する姿勢で、ニートと呼ばれる人々を社会が受け入れたとき、今までにない新しい日本社会が生まれると私は期待しています。


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