山形女子専門学校高等課程3年

齋 藤 詩 織
 

「お気に入りの一品をあなたに!」
 
 私の夢、それは『お気に入りの一品』を作る洋装店を持つことだ。ファッションショーに出すようなすごいデザインの服でなくていい。「これと同じデザインをこの生地で!」「このジャンパースカートをよみがえらせて」。とにかくお客さんの気軽な願いを叶える店だ。

 「んーどう見てももう外に出歩くときには着られないなぁ」。

 それは母のこの一言から始まった。目の前には母の大好きなシャツブラウスがあった。黒と白の縦のストライプは微妙に幅をかえ、サテン地は美しいシルエットを作る。黒いスラックスとあわせると、細身の母がますます細く華奢にうつったこの服は、私が中学入学当初はよそ行きに、何年かたってからは気分のいい時の普段着に母を引き立たせてきた。しかし、ここ数年は、着る段になるとため息と共にまたクローゼットに掛けられる。捨てるに捨てられない。大好きな服への執着とはこういうものだろう。「しまっておいて。いつか私に任せなさい」。服飾専門学校に入る時、母に言ってあげたけれど、現実味なんてまるでなかった。でも母は大切に防虫効果のあるカバーを掛けてクローゼットにしまってある。私に期待するように。

 私は小さい頃から縫い物が好きで、よく裁縫道具は持ったけれど、特別得意だったわけではない。この出来事があった頃は、まだ学校に入学したてで、ミシンの使い方、刺し子、全てにあたふたしていて、母のお気に入りにはさみを入れて型紙作りなど思いもしなかった。目覚めたのは、初めての文化祭後、文化祭用に作ったブラウスを見て親類のおばさんが注文にきたのがきっかけだった。

 「あのデザインが気に入ったの。おばさん用にこの生地でつくってくれるかしら」。目の前にきれいな紫のサテン地があった。(ちょっと縫いにくいかもしれないなぁ。型紙にも少し手を加えないと。出来るかなぁ。でもいちど作ったものだしやってみたい気もする…)悩んだけれど多めに時間をもらうことで引き受けた。預かった生地、失敗は許されない。採寸し、型紙を作り何度もボディチェックをした。幾度となく型紙の向きを確認しドキドキの裁断をし、仮縫いまでこぎつけた。予想以上の出来だと皆ほめてくれた。でも私としては少し…。ウエストを少しゆるめて着丈をつめればオーバーブラウスとしてもいい。丁寧に、丁寧になおしを入れた。

 しかし、これでよしと始めたミシンがけからが緊張の連続だった。襟・裾の角はきっちり出るように特に気をつけた。次はステッチ。途中で継ぎ足さないようにまっすぐ居住まいをただして一気に縫い上げた。そしてボタンホール。仕上げが近くなるほど失敗に対する恐怖も大きくなる。母親はその真剣さに感激していた。

 そして試着。着てもらったときのフィット感は我ながらすごいと思った。学校で仕上げた物より数段うまくいった。自分に今、こんなものが出来るなんて思わなかった。デザインはシンプルで、布も持参してもらい何がすごいかといわれてもうまく言えない。でもとにかくおばさんに最高に似合っていた。おばさんの喜びは言うまでもない。そこで出た言葉が、「お気に入りの一品になる!」だった。そして確かにそれはおばさんの特別な日にお目見えしている。

 この出来事は私に大きな自信と同時に、仕事のプレッシャーも体験させてくれた。また基礎技術と丁寧さが作品にとって大事なことも。その後、小物だけで服の頼まれごとはまだ断っている。もう一度あの成功を味わえる自信がないからだ。でも今年は3年。母のお気に入りの一品に手をつけようかなと思う。そして人にとってのお気に入りをいつでも復活させたり、ワンランクアップさせてあげたらステキだと改めて思う。おばさんのあの笑顔を忘れずに、私の店を目指したい。


[閉じる]