静岡県立下田高等学校南伊豆分校
3年

石 井    元
 

「兄に認められる料理人として」
 
 冬の築地の朝は、凍てつき暗く早い。張りつめた空気の中に威勢のいい声が響きます。私はこの空気が一瞬で好きになりました。

 兄は、東京六本木で日本料理店を経営し、開店から早くも8年が過ぎ、小さいながらもスタッフも常連さんも増えています。

 そんな兄の職人としての悩みを垣間見た思いがありました。兄の店のホームページに書かれていたものです。「今、日本料理が危機に直面しています。本来の味より見た目が重視され、まるでデコレーションケーキを思わせる風情です。食材においても人間の都合を優先した栽培により身近な野菜さえ旬を失いました。繊細な手間仕事で食材を活かし季節を伝えることが、日本料理の醍醐味ではないでしょうか…」。今に満足せず、料理人として流行に流されまいとする兄の苦悩の吐露でした。常に最高の味を求める兄にとって繊細さと豊かさこそ、お客様に提供したい料理人としての信念に、私の心は揺り動かされました。

 私は、兄になぜそこまで自分を追いつめるのかと尋ねた時、素人の私に真剣に答えてくれたのです。「俺は、至高の生命が発する旬の味を、毎日一心不乱に料理して、お客様から笑顔をいただくことが誇りなんだ」。私は何か雷に打たれたように兄を見続け、感動を抑えられなかったのです。

 その時、私の進むべき道は決まりました。いつか兄のように、いや兄を超える存在になりたい、と決心したのです。私は夏休み、冬休みを利用して兄の手伝いをし、皿洗いから料理の出し方まで学んでいます。そんな中、兄から私へ忘れてはいけない叱咤の言葉がありました。

 「疲れた、面倒くさいと不平を口に出す奴に本当の仕事はできないぞ、見えないところの仕事こそ誰もが見てるんだ」。私はその時、甘えている自分の愚かさに気づかされました。仕事に慣れ自分ではいくつもの仕事がやれるようになったと思った時、兄の言葉は私に冷水を浴びせました。

 「お前の仕事はまだにんべんがついていない」。最初、私には何のことか分かりませんでした。兄は含むように私に言ったのです。「お前の働くは、ただ動いているだけだ。お客様の立場、仕事仲間の立場に立った気働きができて初めて働くことなんだ」と。私のことを同じ仕事をする一人としてみてくれていたのです。本当に心から感謝し、この言葉は私にとって忘れることのできないものとなりました。兄の大きさを身近に感じ、この仕事を選んで悔いなし、兄をいつか超えることが、私の大目標です。

 職人として技量だけではなく、人としての器量を磨かなくては絶対にできることのない高い壁です。

 しかし、本当に私は幸せ者です。身近に自分が求める理想の職人、そこに自分の夢があるのです。

 私は将来兄と一緒に働き、仕事で評価される料理人を目指します。この夢は絶対に叶えられると思います。それは父が、私達に幼い頃から話してくれた「夢を叶える5原則」です。これをやり遂げれば、できると教えられたものです。

 第一は思うこと。第二は決心すること。第三はフォーカス(イメージ)すること。第四に行動すること。そして第五は持続(諦めない)することです。単純だけど誰でもができることではありませんが、私は毎日兄の背を目標に精進すれば必ずや叶えられると思います。

 今日も兄は、朝早く築地に通い選び抜いた魚をお客様に安く、手間隙をかけた仕事で提供していることでしょう。その兄でさえ、「俺はまだまだ満足する仕事に到達できない」と努力を怠りません。

 自分で決めた道ははるか遠い道のりです。私がやらなければいけないのは、料理に凝ることでも、まして名前を売ることでもなく、お客様一人一人に、真剣に尽くすことではないだろうか。


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