山形女子専門学校高等課程 3年

矢 作(やはぎ)  唯
 

「大好きな声を活かして」
 
 私は将来声優やラジオアナウンサーといった声を生かした職業に就きたいと思っている。それは声の持つ力を強く感じているし、私の発する言葉に耳を傾けてもらえるということに大きなあこがれを持つからだ。私が声優を真剣に考えるようになったのは、声優さん達のイベントをDVDで見てからだ。朗読をし、キャラクターになりきり、語りかけ、歌を歌い、観客を別世界に連れて行ってくれた。心がときめき本当に勇気が湧いた。あの3月11日東日本大震災の時も、チャリティーを企画し寄付を集めた。子どもから大人まで、それぞれの受け止め方で笑顔になる人々に共感し、様々な場面で対応できる声優という職業に改めて大きな憧れを抱いた。

 小さい頃、私は声優の存在を知らなかった。あの映像に声をかぶせているなんて想像が出来ず、声を出す映像があると思っていた。そのくらい映像と声・台詞はマッチしていたし、声優さん達がキャラクターになりきっていたからだ。あんな小さい子供の役を大人がするなんて考えられなかったし、子供なら台詞をこんなにうまく演技できないと思ったからだ。だから声優の存在を知ったときは役になりきる想像力・演技力に驚いたし、様々な声を使い分ける技術に憧れた。そして中学生になった私は大好きだったミゲルの声優が皆川純子さんだと聞き分け、ネットで確かめてみた。結果は大当たり。私は皆川さんのような声優になりたいという思いを強くしたのだ。

 また別の理由。実は私には学校に行けない時期があった。きっかけは小学校四年生の転校だった。まだ親しい友だちがいない時期、クラスの男の子にかけられたからかいの言葉が耳から離れない。気にしなければいいというかも知れないけれど、言葉・声は私の心に強く響いた。敏感に感じるからこそ声を、言葉を、良い方に生かす仕事に就きたいと思うようになっていった。

 そして3月の大震災。わたしはラジオの声に本当に救われた。生まれて初めての大きな揺れに心臓はドキドキしっぱなしだった。寒さのうえ夜になっても灯かない電気に早々にベッドに入った。でも眠れない。そんな私に父がラジオを貸してくれたのだ。そこから出る語りかけの言葉は私を徐々に落ち着かせていった。何度も繰り返される大丈夫という言葉。「もう少しで朝が来ます。」「一人ではありません。私達が付いています」という励ましの言葉。関西・東海からの便り。アンパンマン、となりのトトロの音楽。多くの人がつながっているという実感が私を勇気づけた。声の力ってすごい。言葉って温かい。改めて感じたことだった。

 ここ2年、進路選択に悩む私を励まし続けてくれたアニメがある。『金色のコルダ』だ。バイオリンに引き込まれる女の子が悩み、苦しみながらも前向きに頑張る様子が描かれ、そのがんばりが周囲を動かし、夢が叶っていく物語だ。そのアニメを見ると気持ちが奮い立つ。努力を続けると理解者が増え、道が開いていくと希望が持てる。私も頑張ってみたいという気持ちが湧く。

 声優と一言で言っても、深い読解力から始まり発声、間の取り方、心情表現…と学ぶことは多岐にわたる。でも私には、学ぶことで転校のからかいでトラウマになった言葉の恐ろしさから解放されたいという思いもある。聞く方は言葉を一方的に受け取るが、発する人にも様々な内面の葛藤がそこにはあったはずだ。言葉を学び、人を学び、声を、多くの人を勇気づける力として活用したい。そしておとなしいと思われている私の声を解放したい。私は本来、元気で明るい私の声が大好きだから。


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