今泉女子専門学校高等課程(福島県)
3年

村 田  夏 美
 

「震災を乗り越えて」
 
 3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災で、私はかつて経験したことのない命の危険を感じた。

 これは私だけでなく日本国民の多くが感じたことではないだろうか。

 この地震で死者は約1万5500名、行方不明者は5000名を超え、一瞬のうちに命を絶たれ、もう3ヵ月も経つのに家族の元へ帰れずにいるとは、何とも悲しすぎる。

 私が住んでいる福島県も、地震、津波、原発事故、風評被害と有形、無形の被害を受けている。

 地震に遭ったその日、私達はいつも通り学校に居た。休憩時間で、友達と春休みの計画等楽しいおしゃべりをしていた時だった。携帯の警報がけたたましく鳴ったが、誤報だろうと思った。そのとき、立つこともままならない大きな揺れがこれでもか、これでもかと続いた。大きな揺れが止まった時、天井が落ちそうな中を必死で外へ避難した。

 それまで晴れていた空は一変して吹雪になり、身体の震えは止まらない。しかし、意外なことに私は現状を冷静に理解することができた。道路は渋滞し、通りの店は停電で真っ暗、ようやく家へ辿り着いたら、自宅は家具や物が倒れ、足の踏み場が無いほどひどい状態となっていた。家族の無事な顔を見て涙がこぼれた。

 春休みの間、避難所のボランティア活動に参加した。私が行った避難所は、ほとんど原発事故による避難で、いつ自宅に戻れるか、これからの仕事はどうするかなど、先の見通しがつかない人達ばかりだった。そのもどかしさや不安感を軽々しくは語れないだろうと想像しながら、お世話をするのが精一杯だった。

 被災地の未来は、まだまだ薄暗く問題が山積している。しかし、3月11日以降私の価値観は大きく変わった。今までの当たり前がそうではないと思い知らされたのだ。明日は今日と同じに約束されたものではなく、友達や家族と笑い合える毎日がどんなに価値があり幸せなことか。

 これから大切にしなければならないことも見えてきた。

 私の学校は服飾の専門校で、毎年卒業生は全員でファッションショーを盛大に行っている。今年、私は高等課程卒業なので、今からその日のことを考えている。特に今年は私たちが苦境を乗り越え、ここまで出来たという証の作品発表となる。これまで支えて下さった多くの方々に御覧頂き、感謝の気持ちが伝わるファッションショーにしたい。

 私は3年近く服飾の勉強をしてきて、毎日がとても充実していたと思う。

 その中で、和裁は勉強すればするほどその魅力に引き付けられるので、卒業後はプロフェッショナル科のきものコースへの進学を決めている。

 将来めざす職業は、舞台衣裳デザイナーで、役柄にぴったりの衣裳を考案する職業である。演目による時代考証、演出家の意図するイメージ、着脱の仕易さ、役者を引き立てる色や柄などたくさんの条件が満たされて初めて認められる厳しい側面もある。

 厳しさ反面、それだけやりがいのある仕事であるし、私が望む職業なので夢で終わらせたくない。

 卒業ファッションショーを必ず成功させ、前へ踏み出す一歩となるよう、精一杯頑張りたい。そして、一生の仕事となる舞台衣裳デザイナーをめざして広く、深く、勉強し、夢を実現させたい。


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