鹿児島県立市来農芸高等学校 3年

船 間   渚
 

「夢を世界に」
 
 私の将来の夢は、酪農業を営むことだ。私は幼い頃から動物が大好きで、自然の中で遊ぶことも大好きだった。家族とよく牧場に遊びに行き、いつしか酪農という仕事に魅かれていったのだ。

 高校受験の時期になり、私は市来農芸高校に進学することを決めた。少しでも早く自分の夢の実現に近づきたかったのだ。しかし、周囲から向けられる農業高校への視線というのは、あまり良いものではなかった。「臭いしつらいし、誰もやりたがらない。」「頭悪いし、普通は行かない学校。」そんな声を聞いた。私の中学で農業高校を受験する生徒は、私だけだった。さすがに、少し恥ずかしかった。他の生徒は有名な進学校や、雰囲気が良く人気のある普通高校に行く。私だけがバカなんだと思われるのが怖かった。しかしある時、進路の先生が言ってくれた。

 「なんとなく高校を決める生徒が多い。しっかり夢を持って進学を決めた君は偉いんだ。自分のやりたいことをしなさい。」

 この言葉で、私は決心がついた。私には夢がある。その夢への強い思いをバネに、市来農芸高校に入学した。

 高校では、自分のやりたかった勉強ができるようになった。自然に囲まれた環境の中で学習でき、生活は充実していた。

 しかし、私の希望とする畜産の分野は、予想以上に大変だった。家畜はとても大きく、しかも動き回る。蹴られたら怪我をするし、はずみで手を噛まれただけでも骨折する。でも恐れてはいられない。餌も大量に食べるし、その分、糞もたくさんする。けっこうな重労働だ。豚舎で1時間も作業すれば、髪の毛に臭いがついて臭い。そうなると、楽しみだった実習もおっくうになってくる。

 そんな時だった。放課後に友人から、牛の出産があると聞いた。一度は見てみたいと、わくわくしながら足早に牛舎へ向かった。牛舎へついた時、中はまだ落ち着いていた。しかし、次第に母牛の落ち着きがなくなり、出産の準備が始まった。これまで聞いたことのない、母牛の叫ぶような鳴き声が牛舎に響く。その中で、冷静に、かつすばやく判断し行動する畜産部の生徒たち。私は彼らの動きに目を奪われた。同時に、ずるいと思った。うらやましかった。畜産部員は、畜産農家の人がほとんどだ。私もこんな風に、牛の全てが分かるようになりたい。生命の誕生を手伝えるぐらい、牛のことが分かる人になりたい。そう思った。

 この体験をきっかけに、知識と技術の向上への意識が強くなった。それから、実習もおっくうではなくなった。除糞でも、牛の側で働けることに感謝するようになった。

 今の私では、酪農をするにはまだまだ力不足だ。飼育管理法や牛の繁殖など、勉強しなければならないことは山積みだ。

 そして、私にはまた新たな夢ができた。農業で、人の夢をかなえてあげることだ。子供たちに、農業の素晴らしさを伝えたい。そして、農業することを夢見る子どもたちをサポートしたい。またボランティア機関を利用して、世界の子どもたちにも農業を教えたい。飢えに苦しむ子どもたちに、自らの手で作物を育て、飼育したものを食す素晴らしさを教えたい。

 私はこれまで、自分の夢に背中を押してもらってきた。高校を決めるときも、嫌なことから逃げそうになったときも、夢があったから前へ進むことができた。夢は人生の活力になることを知った。だから、世界中の人に夢を持ってもらいたいし、できることならかなえてほしい。私は、大学に進学し、夢をかなえるための知識と技術を吸収したい。苦しいことにぶち当たり、立ち止まってしまうことがあるかもしれない。その時はまた、夢に背中を押してもらおう。


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