菊武ビジネス専門学校高等課程(愛知県)
3年

山 田  広 夢
 

あ り が と う
 
 「ありがとう」

 照れくさそうにそう言って、彼は改札を抜けて行った。汗が頬をつたう、暑い夏の日の事であった。

 あのとき「ありがとう」と言ってくれた“小さな乗客”に、今度は私が「ありがとうございます」と言える日が来る事を信じて、私はいかなる努力も惜しまず、夢に向かって突き進んでいく。

 私は小さい頃から鉄道が好きだった。親に連れられ地下鉄に乗るたびに、自分が乗ってきた列車を見送り、ホームから車掌さんに敬礼をしていた。すると決まって車掌さんは笑顔で敬礼を返してくれた。この事を今でも鮮明に覚えているのは、その時の私が嬉しさと笑顔で満ち溢れていたからだと思う。

 中学生になると、「鉄道業界で仕事がしたい」と思うようになった。しかし、それは漠然としたものであり、明確な理由は見い出せないでいた。

 そんな将来像を持ったまま、専修学校2年生の夏、京都へ旅行をした。列車に揺られ、ある小さな駅に降り立った。駅員がいるものの、私が改札を出るのを見届けると昼の休憩に入り、窓口は閉まってしまった。しばらくして、小学生に満たない程の男の子が駅にやってきた。彼は閉鎖された窓口と券売機の間を行ったり来たりしている。きっぷを買いたいのだろうと思い、声を掛けてみるとその通りだった。行先を聞いて券売機を操作してあげた。きっぷが発券されると、男の子は小さい声で照れくさそうに「ありがとう」と言ってくれた。

 この言葉を貰えて、とても嬉しかった。と同時に、私が駅員になって乗客に案内をし、「ありがとう」と言って貰っている姿を想像した。…うん、この仕事しかない。そう確信した。私はその瞬間から、堂々と「私の夢は、鉄道業界で働くことです。」と言えるようになったのだ。

 そして、同じ夏、青森にも旅行をした。帰りには憧れの寝台列車に乗る予定だった。しかし、数日前に降った大雨の影響で運休が続いており、この日も運休となってしまった。仕方なく別の手段で東京まで戻り、みどりの窓口で寝台券の払い戻しを受けた。応対してくれた男性駅員は、とても丁寧に「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」と詫びてくださった。

 こんなに丁寧な接客を受けるのは初めてだったのでとても驚いた。予定が崩れ、乗車できなかった残念な気持ちもどこかへ吹き飛んでしまうような、気持ちの良い接客だった。

 窓口を後にした私は、いつしかあの駅員に憧れを抱いていた。丁寧な接客で乗客を幸せにする。そんな駅員に私もなりたいと、強く思った。将来の夢を明確にした私は、今度は目標を見つけたのだ。

 夢を、目標を見つけた私は、鉄道専門学校に進学しようと考えている。それが私にとって、夢を叶える一番の近道だと思ったからだ。難関と言われる鉄道業界に就職するのは大変な事だ。しかし、専門学校では目標に向かってしっかりと学びたい。

 駅員になる夢を叶えられたら、今度は自分が子供達に夢を与える番だ。自分が小さい頃に敬礼を交わした車掌さんのように、夢を与えられる駅員になりたい。


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