とわの森三愛高等学校(北海道) 2年

白 勢  陽 一
 

牛の背中を追いかけて
 
 私の家では肉牛を70頭ほど飼育しています。私の家は祖父、父の二人で牛の世話をしています。私の家は北海道の江別市で「蝦夷但馬牛」というブランドの牛として飼育しています。肉牛を飼育する上で最も気を使っているのが肉質です。私の家では少しでも肉質を良くするために、牧草を細かく切り、くず麦を引き割り、餌に混ぜたりしています。このような工夫をすることにより牛たちはすくすくと成長していき、A5からA3のランクの肉を生産することに成功しています。

 私は将来、この肉牛農家を継いで、父に負けないくらいの良質な肉を出荷できるように今はとわの森三愛高校で牛について勉強しています。牛というのは学べば学ぶほど面白く、奥の深い生き物です。少しのストレスで病気にかかり、少しの工夫で乳質、乳量または肉質が大きく変化します。私が考えるに、牛という生き物を育てるためには細かい牛の変化に気がつき、苦労を惜しまないことが大切なのではないかと思います。

 現在私が学んでいる高校の牛舎はとても便利だとはいえません。しかし、そのような場所で実習をすることにより、細かい牛の変化、特徴、そして牛を育てる大変さを学ぶことができます。私は将来、牛の頭数を増やし、良質な肉をより多く生産できるようにしたいと考えています。そのためには、牛の頭数を50頭から100頭ほど増やさなければいけません。そこで、今からコツコツと自らの経験を積み重ねていきたいです。

 「酪農」というのは人類が生み出した最高の仕事だと思います。なぜなら、牛などの家畜が糞尿し、その糞尿が土の栄養に変わり、立派な野菜や牧草ができ、それを家畜が食べるといったようにひとつの輪の中で成り立っているからです。その輪の中に人間が加わることにより、完全な自給自足ができるのです。

 私はとわの森三愛高校で牛の世話をして、どのようにすれば牛の力を最大限に発揮できるかを考えています。牛はとにかくデリケートで、少しでもストレスを与えると力を発揮できません。牛にストレスを与えず、いかにして効率よく作業ができるかを考え、行動しています。ですから、ベッドメイク、餌を与える時間、餌の分量などのたくさんのことに気を使い、牛たちが快適に過ごしてもらえるようにしています。

 私の祖父は「牛を飼うには洞察力が必要だ。」といつも言っています。その理由は、常に牛を見て、足を引きずっていないか、餌の食いつきはどうか、具合の悪い牛はいないかなどの事に気がつかなければいけないからです。牛の細かい変化に気がつき対処できるようになってこそ、一人前の酪農家だと考えます。牛を飼うというのは、ただ餌をあげて、堆肥出しをすればいいのではなく、牛をわが子のように観察し、家族のように接してあげることが大切です。

 よく友達から「お前はもう将来の仕事が決まっていていいな。」と言われることがあります。しかし私はそうは思いません。なぜなら、私は父の残した成果を上回り、父の今のやり方に何か私のやり方をプラスして、今の経営状況よりも良い状況にしなければいけないからです。そのためにはどうすればよいのか、どのようにすれば今の父を超えることができるのか。また、祖父、父の築き上げた私の家の牛たちの評価、知名度、そして信念や信頼を壊さずに経営できるかなど、私のすべきことはたくさんあります。そのすべきことを一つ一つこなしていき、いつかは日本を代表するブランドの牛として我が家の牛が販売されるように努力していきたいです。

 私の目標は「父を超え、立派な肉牛農家になること」なのです。これからも毎日の実習を大事にし、牛と共に歩んでいきたいと思います。


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