国際パティシエ調理師専門学校高等課程 2年

井 後  志津久
 

忘れてはいけない「感謝」と「笑顔」
 
 私がパティシエという職業を目指して今の学校に入学して1年と少しがたちました。これからの長い人生を考えるとたった1年かもしれません。ですが私にとってとても濃い1年であり、心が成長した1年でもありました。 

 昨年の9月、あるケーキ屋で製造としてアルバイトを始めました。学校より早い時間に家を出て立ちっぱなしで仕事をして、体力的にもとても辛くて、さらにシェフからは、ほめられることよりも怒られる事の方が多く、「ダメだな」「向いてないのかな」と考えるようになりました。本当は楽しくて仕方がなかったはずのお菓子作りが苦痛になってきて、悲しくて泣いた事もありました。現場を学んで夢に向かって進む為に始めたはずなのに、夢に向かって進むことがこわくなってしまったのです。

 一方で、家族や親戚、友人など私の夢を知っている人達からは「おいしいケーキ作ってよ」とお願いされることが増えました。本来なら嬉しいことだし、この仕事の生きがいでもあるはずなのに、どうしても心よく受けつけることができないのです。「もし気にいってもらえなかったら」と考えた時、さらに自分が傷つき、落ち込んで立ち直れなくなるのが目に見えていて確実に自信をなくしていました。

 そんな夢への熱い思いを半分くらい失った状態で、家族に連れられ祖母の家へ帰省しました。そこにはすでに定年退職したおじがいて小さい頃父のように親っていた彼と久しぶりの会話をしたのです。彼は「辛くても頑張っていれば、必ず誰かが見てくれていて、いつか絶対ちゃんと評価してくれる。働かせてもらっていることに感謝して恩返しのつもりで一生懸命頑張りなさい」と言ってくれました。ここで気づいたことがあります。「感謝の気持ち」をすっかり忘れていたことにです。

 ケーキ屋の製造として高校生を雇ってくれていること自体、ものすごくラッキーなことで恵まれているということ。たくさんミスをして怒られて、それでも次の日同じ仕事をやらせていただけること。私が作ったケーキを笑顔で買っていかれるお客様がいること。そして何より、奈良から1人での上京を許し、学校に通わせてくれる両親がいること。たくさんの大事な「感謝の気持ち」。今思えば、私が少し前まで作っていたケーキは「買っていかれるお客様が笑顔になる為」ではなく、「自分がシェフや先生にほめられる為」が目的だったのだと思います。そんな目的でもちろん素敵なケーキは作れるわけもなく、ただただ落ち込むばかりでした。しかし、おじの話を聞いてから、本来の目的を思い出し、ケーキを作っている時には笑顔で買っていかれるお客様の顔を思い浮かべるようになりました。また接客をやらせていただけるようになってから、より一層お客様の笑顔が見られるようになり、パティシエとしての喜びを感じられるようになりました。

 パティシエとして忘れてはいけない気持ち、それは「感謝」と「笑顔」です。1人で生きていけないという言葉通り、周りにはたくさんの人たちがいて、その人たちとの間には、「感謝」という言葉があります。「感謝」なしにはよい関係でいられないし、頑張ろうという気持ちにもなれない気がします。そして「笑顔」。お客様を笑顔にするということはもちろんのこと、作っている私たちも笑顔で楽しくなければ、素敵なケーキを作れないということを学びました。 

 この2つの言葉を学んだのが今年の春のことです。それから数ヶ月たった初夏の今日、その言葉を忘れることなくパティシエという仕事に誇りをもって取り組んでいます。これから何十年たった先の日でも、忘れることなく楽しくやっていたい、そう思います。「感謝」で結ばれているたくさんの人たちと、自分自身の「笑顔」の為に……。


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