安城生活福祉高等専修学校 3年

藤 堂    円
 

言葉よりも大切なもの
 
 この世の中には、たくさんの人がいる。ポジティブな人、怒りっぽい人、泣き虫な人。そして健常者、障害者。同じ人間なのに一人ひとり違う。そう思ったのは物心がついた頃だった。

 「おじゃまします。」

 「…」

 友達の家に遊びに行った私は、普段通りに挨拶をした。友達、そしてそのお母さん。けれどそのお母さんは何も反応しなかった。聞こえてないのだと思いもう一度、「おじゃまします。」さっきよりも大きな声で言った。

 しかし、ニコニコしているだけで何も言わなかった。すると友達が、「私のお母さん、耳が聞こえないんだよね。」どことなくさみしそうに、そう言った。

 私は心の中でたくさんの感情が生まれた。一番強く思ったのが『かわいそうだ』という感情。まだ幼かった私は、何も知らず、ただ聞こえないから『かわいそうだ』と思ってしまったのだろう。

 「そうなんだ…」としか言うことができなかった。もしも、自分の親の耳が聞こえないと知ったとき何を思い、何を感じるのだろうか。自分の子の声が聞こえない、好きな音楽が聴けない。どれだけ大変で、どれだけ辛いのか。そんなことを考えていた私の横では、友達とそのお母さんは楽しそうに笑っていた。友達はお母さんの目をしっかりと見て、手話というコミュニケーション方法を使って会話をしていた。とても楽しそうに。言葉がなくても、こんなにも楽しそうに会話をしているのを見て、さっきまであった『かわいそうだ』という気持ちはなくなっていた。

 私は今、専門学校に通っている。普通科の学校とは違い、専門的な勉強ができる。なぜ、この学校に来たのか。あの日、友達が手話を使い楽しそうに話しているのを見たその時から、私の中で大きな夢ができた。『手話通訳士になること。』その夢に近づくため通っているのだ。夢は叶えるものではなく、つかみとるものだと聞いたことがある。いつ、その夢に届くかは分からないけれど少しずつ、少しずつ近づいていきたい。

 言葉は相手に自分の気持ちを伝えるとても便利なものだ。だけど、それ以上に大切なものがある。それは、相手の表情をしっかり目で見て感じることだと私は手話の勉強をしている中で学んだ。そして、自分らしさを心で伝えることだと思う。言葉よりも大切なもの。普段の生活でなかなか考える場面にはでくわさないかもしれない。しかし、相手の事を思う気持ちがあるだけでも少しは考えていることになると思う。

 手話通訳士になったとき、たくさんの人に知ってもらいたい。たくさんの人に感じてもらいたい。それがたとえ数人だったとしても、私の思いが伝わったらいいなと思う。言葉よりも大切なものが身近にあるということを。あの日感じた相手に対する温かさを胸に、夢に向かって走り続けたい。


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