鹿児島市立鹿児島玉龍高等学校 3年

木 田  夕 菜
 

伝える責任、伝わる喜び
 
 「要は、この人と一緒に仕事をしたいと思えるかどうかなの。」

 そう言って、その人は私に微笑みを返してくれた。

 忙しいことを承知でお願いし、無理に時間を作ってもらった私の逆取材。開口部の広い窓から噴煙を上げる桜島を望む新聞社の5階のロビーの椅子に腰掛け、私は話し始めた。

 その女性記者の方との出会いは、私がある表彰を受けた時の取材だった。慣れぬ取材に加えて、テレビで見る新聞記者の鋭い取材のイメージや何を聞かれるかわからない不安と緊張で、私の心はガチガチだった。けれども、そこに現れた彼女は、以外にも満面の笑みをたたえて私に話しかけてきた。その笑顔に安心したのか、記者の方の「うん、うん」という心地よい相槌や受容的な雰囲気も相まって、私はいつのまにかいつもよりも饒舌に話している自分の姿に気付き、驚いた。その時以来、私はこの記者の方に強く惹かれ、話を聞きたいと思っていた。

 私が取材を受けた時、とても緊張していたことを話すと、彼女はこう教えてくれた。

 「新聞記者に必要なのは、人の話を聞けることなの。それも正しく聞けること。その能力がないと、正しく報道することができない。勝手に誤解して記事を書くと、取材相手に迷惑をかけたり、誤報となったりする。相手も記者に正しく理解してほしいという思いをもちながら話しているの。相手がうまく伝わっているか心配しながら話しているのだから、その意を正しく聞き取り、読み取ることが大切なの。自分勝手な解釈は絶対にしちゃいけないのよ。」

 そう話す彼女の声のトーンは、変わらず明るく優しいものであったが、一言一言に込められた言葉の意味は、私の心にずしりとした重さをもって響いた。

 そうか、あの日、私の緊張した姿を見たからこそ、終始笑顔で私のつたない話を最後までうなずきながら聞いてくれたのだ。そしてそれが、取材相手から話を引き出す新聞記者としての技術や資質なのだ。

 「記者として気をつけていることは、何ですか。」

 そう聞いた私に、彼女はすぐには答えず、少し身を乗り出し、私の目をしっかりと見つめてこう答えた。

 「記者としての責務は、声なき声を聞き、それを社会に伝えること。弱い立場にいる人、本当に苦しんでいる人たちは、それを訴えることができずにいる。そんな人たちの声をきちんと社会に伝え、そこに光を当て、社会に問うことが私たちの仕事。私は思うの。弱い立場の人にとって住み良い社会は、強い立場の人にとっても、住み良い社会だと。」

 その瞬間、先程、私の心に響いた重さの本質が垣間見えた気がした。明るく優しげな表情の奥にある自らの仕事に対する強い責任感と信念がそれなのだ。私には決して見せないが、彼女のもつ世の中の矛盾や不正義に立ち向かう強さや厳しさはいかばかりだろうかと想像した。

 彼女はまた、屈託のない笑顔に戻り、「記者の喜びはね。記事を書くことで何かが変わること。それをきっかけに社会が動き出すことなの。もちろん、その為には、何が真実なのかをしっかりと見極め、伝えることが大切なの。」

 そう言って、白い歯を見せた。

 「伝える責任、伝わる喜び。」そんな言葉が私の頭をよぎった。それが新聞記者という仕事なのだ。

 「どうしたら、新聞記者になれますか。」

 思わず、私の口をついて出た言葉はそれだった。その問いに彼女はしばらく考えてから、ゆっくりとこう答えた。

 「新聞記者って、この人なら、話してもいいかなと思わせる人間的な魅力が大切ね。私たちが就職面接するポイントって、要はこの人と一緒に仕事したいって思えるかどうかなの。」

 御礼を言って、編集フロアに戻る彼女を私は見送った。その小柄で華奢なはずの彼女の背中は、不思議ととても大きく、そして凛々しく、私の目には映っていた。


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