熊本県立玉名高等学校 1年

坂 下  真 優
 

その背中を越えて
 
 「仕事をしている大人」と聞いていつも思い浮かべるのは、つなぎ姿の父の背中でした。

 私の父は、車の修理、板金塗装をしています。父の実家は自営業なので、土曜日はほとんど仕事、日曜日も仕事をしている時もあります。また、お盆などの行楽シーズンに仕事が増えて、忙しくなるため、休暇中もずっと仕事をしていることもあります。

 5年生の冬に引っ越してから約1年間は、毎日父の職場の前を通って学校へ行っていました。目が合ったときは少し話し、大変そうな時は、こっそりと行くようにしていました。夏は汗だく、冬は指がパンパンで、曲がらなくなるほどのしもやけに痛めつけられ、それでも黙々と仕事をする父を見ていました。父の仕事のことをあまり知らなかった私にとっては、それは少し嬉しくて、また父を誇らしく思うようになりました。

 私の父はあまり多くを語らない人でしたが、中学校に入ってからは、私の高校卒業後の将来について、話しかけてくるようになりました。その頃の私は、毎日の勉強と部活だけで手いっぱいで、何年も先の将来のことなんか、頭の隅にしか入っていませんでした。だからその父の話を、少し煩わしく感じるようになっていました。また、学校で行われる進路指導にも、身が入らなくなっていました。

 しかし、高校に入学してから、久しぶりに父の話を聞いたとき、それを素直に受け止めていた自分がいました。そして、進路指導等でも、自分の将来を真剣に考えることが出来るようになりました。

 どうしていきなり自分の考え方が変化したのか、一度しっかり考えたことがあります。そして最終的に行きついた自分なりの答えは、「高校に入って、『選択する』ことの重さを実感できたから」というものでした。

 中学校までの義務教育期間では、「決められたことをこなす」ということが中心です。選ぶといっても、人生を左右するほどの選択をすることはほぼ無いと思います。しかし、高校へ入学することや、大学進学、就職は、自分の意思で決めることです。特に今から就職までは、選択の連続です。「決められたこと」よりも「自分で決めたこと」をやっていくことが多くなります。それに気づき、後悔しない選択をしたいと思ったから、私は将来を考えるようになったのだと思うのです。

 しかし、いくら考えて決めたことでも、嫌なことは絶対にあるし、ああすればよかった、と別の道を考えることがあると思います。だから、大切なのは、「そのことにどれだけ誇りと責任感を持って取り組めるか」だと私は思います。どんなに辛いことも、強い志があれば絶対乗り越えられると思うのです。そしていつか、そのすべてを好きになれる時が来れば良いな、と思います。

 私の父は自分のことを、「板金職人」と呼びます。そういった呼び方一つでも、父が自分の仕事に誇りを持っていることが分かり、私はとても嬉しく思います。

 私の将来なりたいものは、父の仕事とは全く関係のないことです。ですが、私の将来の目標は、自分の仕事に対して、父にも、他の誰にも負けない誇りを持つことです。就職して、自信と誇りを持って、父や周囲の人に自分の仕事を話せるような大人になりたいと思います。その目標に向かって、これからも真っすぐ前を向いて歩いて行きたいです。


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