国際理容美容専門学校高等課程 2年

山 本  紗 良
 

私を変えた美容師さんとの出会い
 
 世界にはいろいろな人種があるように、髪質にも違いがあります。

 私は日本に生まれて育ちましたが、父がナイジェリア人、母が日本人なので髪質は父に似て縮れ毛です。その縮れ毛は根元から立った状態で生えているため頭皮に髪の毛が貼りついたようになります。小さい時から手入れがとても大変でした。直毛の人のようにくしがさっと通らないからです。

 カーペットの上でゴロゴロしていただけでほこりが髪の毛にからんでしまいダンゴ状になってしまいました。そこで母に切ってもらうと左右で髪の長さが変わってしまい髪型が崩れてしまいました。普段は母にきつい三つ編みにしてもらい、なるべくくせや広がりを人に見せないようにしていました。自分の髪の毛はかわいく見せたりおしゃれを楽しむものではなく、ただもう邪魔でしかなかったのです。

 小学校の合宿の入浴は特に困りました。自分で三つ編みができないため当日の朝に三つ編みにしてもらい、崩さないように表面を洗いました。すごく気持ち悪かったです。一生この酷いくせ毛でいないとだめなのかと悩みました。

 そして中学生になる前の春休み、どうしてもこの髪質を変えたいと思うようになりました。母に縮毛矯正をしている美容室を探してもらい一緒に行きました。

 1件目の美容室では店長さんから私のようなくせの強い人の縮毛矯正は初めてだ。以前ブラジル人で、私よりもくせが弱い髪質の方の矯正をしたがうまくいかずクレームがついた。責任が持てないからと言って断られました。日本ではそもそも強いくせ毛の人は少ないのです。海外では使用が許可されている強い薬剤が日本では使えません。生まれつき強いくせ毛の人の完璧な縮毛矯正はできないと言われました。私は本当にショックで目の前が真っ暗になりました。

 2件目の美容室では担当の方が縮毛矯正に興味があり、薬剤の会社で個人的に勉強した事があると言いました。その方にとっても私のような強いくせ毛の施術は初めてでした。でも自分が学んだ薬剤の配合で工夫ができるかもしれないと言ってくれました。1件目のようにクレームになるのを恐れ、めんどうな客は初めから受け付けないという考え方ではなく、少しでも可能性があるのならチャレンジしたいという方でした。こんな美容師さんがいてくれて嬉しかったです。私と母はもちろんだめもとを承知であることを伝え、美容師さんに全てをお任せしました。

 それから美容師さんが奮闘すること6時間。結果は縮毛矯正が成功し、20センチぐらい髪の毛が伸びたサラサラロングヘアの私が鏡の中にいました。まるで別人、生まれて初めて髪の毛の根元がねた瞬間、手ぐしが髪の毛を通る感触、全てが感動でした。生まれて初めての経験でした。これからどんな風に変わっていくのだろうと楽しみになりました。

 それから4年間、3か月に1回くらいずつ縮毛矯正をかけました。何度もかけている部分はほとんど直毛になり、今では新しく生えた根元の毛だけ時間をかけて伸ばせば良くなりました。初めはできなかった前髪を作ることや、ショートボブのような短い髪型なども好きにできるようになり現在に至っています。

 将来の職業を考える時、私にとって美容師ほど仕事内容を熟知している職業はないと思いました。そして私は美容師さんの施術でお客様がどのように生まれ変われるものなのかを、自分の身を持って知りました。その感動を私は一生忘れないでしょう。それはサービス業に就こうとする者にとって大切な目標となるものだと思います。

 私も同じように技術を磨きお客様の悩みに真っ直ぐ向き合っていきたいです。小さい頃からの大きな悩みは、私に大きな経験と感動、目標を与えてくれました。あの美容師さんのチャレンジ精神が私の理想とする職業人の姿です。


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