横浜共立学園高等学校 2年

焉@松  真 由
 

文学を背負う職業
 
 「理想の職業人」を語るにあたって、まず必要なのは「職業人」がどんな人なのか、ということだろう。そもそも仕事とは社会的に有益な継続的活動であり、職業とは仕事をそれぞれの方向性によって細分化したものだ。そして、看護師であれ、警察官であれ、何であっても名前のある職業は社会に必要とされ生まれた。つまり、職業人になる、という事は社会の中で必要なパーツの一部分を背負って生きるという事だ。

 私は物心ついた頃から本の虫だった。文章を書く事も好きだった。大学では文学部に入り、文学に関わる仕事がしたいと考えた。だから世間での文学の立ち位置を知った時、その低さに私は絶句した。

 まず、理系の就職内定率が80パーセントであるのに対し、文系のそれは76パーセントだ。また、特に文学部は専門性が低いとされているので、就職しても営業や事務に回される事が多い。せっかく身につけた学問を生かせる場所が少ないのだ。さらに、大学院へ行くと「君の知識を生かせる仕事は無いよ」とますます疎まれる。ネットの声はもっとあからさまだ。文学部について「遊んでいる」「役に立たない」などのマイナスな意見をよく耳にするが、文学部を積極的に持ち上げるような明るい意見はなかなかお目にかかれない。文学部は、ひいては文学はなぜ社会でこんなにも冷遇されているのか。文学は本当に「役に立たないのか。」「社会は文学を必要としていないのか。」

 文学というのは言葉の学問だ。言葉は万物に輪郭を与える。混乱する状況や複雑な感情の中に閉じこめられてしまった時、私はそれを言葉にする。「こんな事が起きて、私はこう思い、こうした行動をとった。」という形にするのだ。形にすることで、自分の心情、思考回路、さらには反省点、打開策までもがはっきりと見えてくる。

 それだけじゃない。私は本を読むことでいつも言葉と友達だった。いじめられて一人ぼっちだった時も、中学受験で心がすさみそうな時も、いや、辛い時こそ、言葉は温かく私を包んでくれた。言葉は人の思いを形にしたあと、そのまま永遠に生き、後世の誰かを豊かに育む。だから、偉人の格言は今でも大切に使われているし、そもそも世界で一番読まれている本である聖書は預言者達の格言集だ。

 確かに自然科学や社会科学のように文学が社会に直接関わる事は無い。文学で景気が良くなったり、技術が進化したりはしない。でも大切な物は目には見えない。文学は大切な物を全て形にして、一人の人間を照らしてくれる。社会とは人間一人ひとりの集合体だ。だったら生き生きとした豊かな社会を作るために文学は必要だと思う。自分を見失いそうなほどに広くて大きい現代社会ではなおさらのことだ。

 社会の中での文学の価値を一人でも多くの人に知ってもらうため、また、現代社会の中でとり残された人を一人でも多く照らすため、私は文学を背負う職業人になろうと思う。その理想に明確な職業の名前をつけることはまだできない。それも文学ともう少し付き合っていくうちにまとめられたらいいな、と考えている。社会の中で迷っている人を照らす「文学」という道標をたてる人、それが今、私が理想とする職業人である。


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