武蔵野東高等専修学校 3年

朝比奈  更 紗
 

こえのない会話
 
 昨年の「私のしごと」作文コンクールの表彰式の時、隣の席の女子生徒に私の目は釘付けになりました。

 周りの人よりも少し遅めに席に着いたその女子生徒は、来てすぐ主催者と手話通訳の3人で話を始めたのです。話と言っても主催者以外のこえは聞くことが出来ませんでした。

 私は手話のこと自体は知っていましたし、小学生の時の道徳の授業で自分の名前を表現する仕方などは習ったことがありました。ですが目の前で手話の会話を見るのはこれが初めてでした。こえのない会話。彼女はじっと通訳の方の手を見て何度も頷き常に笑っていました。彼女が席に着く前に文部科学大臣賞、job大賞の受賞生徒とそれぞれ自己紹介をしたり、自分の作文のことを話したりしていました。彼女にも声をかけたい、仲良くなりたいと思いましたが、3人とも手話はできません。どうしたらいいのか分からず、行動に移せないでいるうちに表彰式が始まってしまいました。表彰式の間も、演台の横に通訳の方がいて彼女はじっとその手を見つめて、何度も何度も頷いていました。

 そして私たち4人は作文の朗読があったのですが、ずっと私の中で、彼女はどうやって朗読をするのだろうと気になっていました。文部科学大臣賞の朗読、私の朗読、job大賞の朗読も終わり、ついに彼女の番でした。彼女は笑顔のまま演台に立ち、そして、こえがない表現を始めました。それに通訳の方がこえをあてるというのが、彼女の朗読だったのです。彼女の作文には、こえを使えない人の辛い経験等が入っていました。それにもかかわらず彼女はずっと笑顔で手を動かしていて、気付いた時に私の目から涙が流れ出ていました。

 昨年の私の作文は、道を尋ねてきたイタリア人女性との出会いで、世界が広がり言語の壁について考えさせられたというものでした。だからこそ、私は恥ずかしくて仕方がありませんでした。私は作文で2020年の東京オリンピックに向けて多くの外国人が日本を訪れるだろうから、その時に英語以外の言語にも対応できるようにしたいと言いました。しかし、彼女の作文を聞いている間、言語とは言葉以外にもあるのではないかと言われているような気がしました。どうして気がつけなかったのだろうと、ずっと自分に問いかけていました。

 表彰式も終わり、記念撮影が始まってから、私たちは彼女に声をかけてみることにしました。もちろん声をかけても彼女と仲良くなることは出来ないと分かっていたのですが、文部科学大臣賞、job大賞の生徒も、そして私も手話は出来ません。でも、だからと言って声をかけずに終わるのは嫌だったので、考え抜いた結果、スマートフォンを使って会話をすることにしました。きっとその場面を見ていた人からすれば、ニコニコ笑顔の彼女に伝えようと必死になる3人という姿に、笑ってしまいそうになったでしょう。

 昨年のイタリア人女性との出会いが言語の壁について考え直すきっかけとなり、進路も外国語を学ぶことのできる大学も見てみようと世界が広がりました。そして、彼女との出会いで、外国語だけではいつになっても彼女とコミュニケーションをとることができないと強く感じ、外国語と手話を学べる場所がないのかと考えるようになりました。昨年のこの2つの出来事は私にとってとても大きな分岐点となりました。

 きっと4年後のオリンピックに向けて身につけておいて損をしないスキルはまだまだあると思います。そのスキルひとつひとつを見つけてクリアしていこうと思います。それは4年後だけにとどまらず、これから先の私の人生に確実にプラスになるでしょう。そして、彼女とこえのない会話をできる日を目指して。


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