千葉学園高等学校 3年

大久保 里 紗
 

将来の夢
 
 「私、看護師になる!」

 私が看護師を目指すきっかけとなったのは、祖父の言葉でした。頑固で家族の言葉にも耳を傾けないところのあった祖父でしたが、亡くなる前日、担当の看護師さんに、「私の側で支えてくれてありがとう。」という言葉を残したのです。その看護師さんは、嫌な顔一つ見せずに毎日明るい笑顔で祖父の援助をしてくれていました。私はその瞬間から看護師になろうと心に決めたのです。

 私は夢をいち早く叶えるために、看護科のある5年一貫校に通っています。一般教科の他に、人の体について勉強したり、実技の練習をしたり、楽しいですが毎月のようにテストがあり大変でもあります。しかし、将来の夢がぶれていないからこそ、今、こうして続けられているのだと思います。私たちの学校では、高校2年生になると、直接病院で患者さんを受け持つ臨地実習があります。その実習で私は改めて看護師になりたいと感じ、受け持った患者さんに背中を押されました。

 「あなたに看護してもらってよかった。」と思ってもらえるように臨地実習に臨みました。自分の知識や技術が実際に病院で通用するのか、患者さんとうまくコミュニケーションはとれるのか、など不安も沢山ありました。

 私が受け持った患者さんは男性でした。最初のうちは性別差からなのか話が噛み合わなかったり、終始無言だったりと辛い日々が続きました。どうしたら話が盛り上がるか、どうしたら退屈な入院生活が楽しくなるか、レポートに追われながらも、ひたすら考えていました。実習が終わろうとしていた3日前に、患者さんの趣味が盆栽であり、しだれ桜が好きだということが分かりました。私は急いで百円均一に行き画用紙と和紙を購入しました。そう、貼り絵で患者さんと一緒にしだれ桜を作ろうと考えたのです。男性だから楽しめるかな?などという不安もありました。

 次の日、早速行いました。予想は適中です。最初は楽しくやっていたのですが、途中から、「はぁおりゃ飽ぎだじゃー。」と言って作業を中止しました。しかし、木の枝の部分、幹の部分、桜の部分はある程度できていたため残りの少しを私が行いました。完成した貼り絵をもっていくと、患者さんはずっとそれを見ていました。お風呂に行く前に病室に寄った時も、足を洗う援助のための準備で行った時も、いつもいつも壁に貼ってある、一緒に作ったしだれ桜を眺めていました。そして実習最後の日に、「大久保、お前のおかげで退屈だった入院生活が楽しかったよ。これ見で、おりゃ桜っこ見に行げるように頑張るびゃあ。大久保、ありがとうな。頑張れ。」という言葉を頂きました。それと同時に私の目には溢れるほどの涙と、祖父を担当した看護師さんが頭を過ったのです。

 患者さんの「ありがとう」は看護師にとってかけがえのない勲章です。「ありがとう」という言葉は私たちの周りにあふれているように感じますが、「めったにないことで貴重だ」という意味の「有り難い」から生まれた言葉です。実は言われて当たり前の言葉ではないのです。「ありがとう」の言葉に稀有な輝きを求めながら看護の道を歩み続けたいと思います。


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