大阪スクールオブミュージック高等専修学校 2年

延 次  莉 衣 奈
 

魔法使いになりたい
 
 私の小さい頃の夢は、「みんなに笑顔を届ける魔法使い」だった。みんなから愛される人気者。小さい頃は、なれるものだと信じていた。でも、これから歩む道はそんな明るいものでは無いだろう。

 私には、コンプレックスがあった。それは、自分の声。私は女性だが、声が低い。学校の同級生からは、「君、喋らなければ女子なのに」「声低くて変」と言われてきた。色々な人から声をからかわれて、私はいつからか、「喋る」という事に抵抗を持つようになった。声も小さくなり、なるべく声が聞こえないように、マスクを欠かさず着けるようになった。人との会話を避け続けた。私には、友達がいなくなった。

 自分のコンプレックスを克服出来ないまま、私は中学校に進学した。私が通っていた学校は、小学校から大学までの一貫校で、同級生が変わる事はなく、相変わらず、友達はいないままだった。だんだん、勉強もついていけなくなって、勉強も運動も苦手になった。おまけにコミュニケーション能力も皆無な自分が嫌で嫌で、学校の同級生や先生から、陰で疎まれているのではないかと思い始めた。外に出るのも怖くなって、結局、私は学校に行けなくなった。

 毎日、部屋に閉じこもって、ずっとアニメを見ていた。アニメを見ている時だけは、感情を表に出す事が出来た。笑ったり、泣いたり、ドキドキしたり。アニメだけが、私の生き甲斐だった。

 ある時、私はいつものように、部屋でアニメを見ていた。キャラクターの台詞、一つひとつに耳を傾けていた。その時、テレビの中から、とても低い声が聞こえてきた。深く、包み込むような低音。私はその声に、一瞬にして引き込まれた。「なんて素敵な声だろう。」私はすぐにそのキャラクターの声優を調べた。

 その声優さん、ここでは「彼」と言っておこう。彼は低い声を武器にしていた。私は、彼の声に恋をした。それからは、彼が出演しているアニメを漁るように見た。私はすっかり彼のファンになっていた。それと同時に、私は彼を羨ましいと思った。低い声にコンプレックスを抱いていた私は、低い声を武器に声優として活躍する彼に憧れた。「私が男性だったら、もっと違った人生だったかも」とよく思うようになった。

 ラジオを聞いていた時の事。その番組には彼がゲストで出演していた。新しく始まるアニメの話、現場での話やプライベートの話。色々なトークが行われていた。番組の後半、話題は、彼の養成所時代の話になっていた。そこで彼が話した事に、私は感銘を受けた。

 「元々、舞台をやっていて。でも、声が低いから台詞とか聞こえづらくて。その時は、自分の声がコンプレックスでした。でも今は、この声でお仕事させて頂いています。この声は、僕の自慢です」。何故か、目から涙がこぼれた。励ましてもらったような、背中をさすられたような温かさが、心に流れ込んできた。自分でも驚く程に泣きじゃくった。あの日、私は「自分もこの声で、人を幸せにしたい」と、強く思った。

 私は今、芸能の学校で、演技と歌を学んでいる。苦しい事もあるけれど、彼の言葉があるから、不思議と前を向ける。そういえば、私の将来の夢、憧れの仕事を言っていなかった。私の夢は、「歌も歌えて演技も素敵な声優になること」だ。この声で、たくさんの人を笑顔にしたい。幸せにしたい。アニメの中でなら、何にだってなれる。世界を救うヒーローにも、白くて可愛いウサギにも。

 私の声が、たくさんの人に届くその日まで、私は止まらない。後ろを振り返ることもしない。私の声は、武器になる。今では自慢の声だ。いつか声優になったら、何にでもなれるアニメの世界で、小さな頃に夢見た、「みんなに笑顔を届ける魔法使い」にもなれてしまうかもしれない。その日が来るまで、私は今日も、前に進む。


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