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夢と引き出し | ||||
法螺貝(ほらがい)が低く唸り、幾多の金属が激しく高い声を上げる。男性の叫び声、馬の嘶(いなな)きがしばらく続いたかと思えば、次に耳に入ってきたのは落ち着いた女性の声。「これが、桶狭間の戦いです。」 緊張がほどけ、静寂が訪れる。一息ついて周りを見渡せば、ガラスケースに入った古い書物や茶器、甲冑などが瞳に写った。ここは歴史博物館。 幼い頃から、歴史のあるものが大好きだった。そんな私の夢は「学芸員」になること。祖父母によく城や神社に連れていってもらったことがきっかけだ。現代にはない急な階段、展示された武器や刀剣、書物に書かれた読めない崩し字。幼かった私にはどれも不思議な形で目に映り、あれは何だ、これは何だと質問ばかりして、好奇心が渦巻いていたことを覚えている。 成長していくにつれて、自分ひとりで各地の史跡や博物館を見てまわるようになった。 小学5年生の時、初めて一人で電車に乗って名古屋城に行った時のこと。大きな壕や天守閣、なにより金色に輝く鯱(しゃち)に目を奪われ、「この壕はどうやって掘ったのか」「あの鯱の意味は何だろう」と好奇心をぎっしり詰め込んだ疑問をいくつも抱いた。 しかし、説明板やガイドブックを読んで疑問を解決しようとするも、小学生には難しい漢字が多く、全てを理解することはできなかった。 しばらく説明板の前で悩んでいると、名古屋城スタッフの方が1人でどうしたのかと声をかけてくれた。説明が難しくて困っている事を伝えると、子供にもわかりやすい簡単な言葉で細かい所まで説明してもらい、小学生ながら、スタッフの知識量と分かりやすさにとても驚いた。その日を境に、歴史を伝える仕事に就くことが私の夢になった。 時が経ち高校生になり、仕事について真剣に考え始める時期になったある日、「学芸員」という仕事があることを知った。学芸員とは博物館や美術館で職員として働く人のことだ。 だが、学芸員になるには大学で資格を取得しなければならず、取得できたとしても、その職に就けるのはほんの一握り。それに、私の家は経済的に大学に行く余裕はない。家族は私が行きたいなら良いと言ってくれたが、生活も大変なのにこれ以上の負担はかけられないと思い、一度は夢を諦めた。 しかし、どうしても歴史に携わる仕事に就きたいと考えてしまい、それからしばらく悩み続け、最終的に信頼できる先生に相談をした。先生の考えはこうだった。「夢のために社会を学ぶ」。これは実体験だそうで、教師になるために卒業後に就職をして貯金、それから大学に通い、教師免許を取得したとのこと。強く願って努力すれば、きっと大丈夫。この言葉が私の中でカチリ、まるでパズルピースの如くぴったりとはまった。 それからというもの、私は夢のために働く決意をし、今はひたすら面接の練習に励んでいる。 しかし、就職するとなればお金が発生する。あたりまえだが、お金を頂く以上、精一杯その会社に貢献したいと考えている。働くという行為の中で、社会の常識や日本の経済状況を把握し、これからの自分を創っていきたい。そのために、私は今できる最大限の努力をし、自分の可能性という引き出しを増やしている。 夢のために仕事をする。これも、ひとつの夢を実現させる道だと私は思う。 |