千葉県立安房拓心高等学校 1年

森 田  哉 生
 

待ち遠しくてたまらない
 
 シャタン、シャタン、シャタン。振動が耳に響く。ボードに乗って水をかく音。シャタン、シャタン、シャタン。これしか聞こえない。両耳に水が入って、水中から上がるときにはシュポンっていう。僕の耳だけに聞こえる音。風を感じる。風が耳から通る。周りは静かだ。寂しい感じのする静けさ。海に入ったときのこの感覚。僕の大好きな感覚だ。そう、僕はこの感覚が好きで波に乗っている。何回も何回も繰り返す。やめられない。僕はプロのサーファーを目指している。

 僕は海が好きだ。そしてサーフィンが大好きだ。楽しくて楽しくてたまらない。僕はそう思って波に乗っている。学校に行く前に。学校から帰ってきて。毎日毎日、波に乗っている。小学校5年生の時から夏休みの1か月間は、バリ島でホームステイする。ひたすら練習をしてきた。海外の大会で準優勝したことだってある。だから自分の技術には自信がある。試合前に緊張する必要なんてどこにもないはずなんだ。それなのに、今の僕は勝てない。チームリーダーは僕に言う。「お前はちっとも楽しそうじゃない。」「だから勝てないんだ。」悲しくて、切なくて。頭を坊主にした。その悔しさが僕のバネになるかもしれないと思ったから。でも、ただ恥ずかしさが募るだけだった。どう強くなればいいのか、僕にはわからなかった。

 そんな時、テレビで、サッカーワールドカップのフランス代表のエムバペ選手のプレーを見た。試合前の国歌演奏の時の彼の顔を見て、僕は衝撃を受けた。他の選手は皆、緊張をした顔をしているのに、彼は嬉しそうだった。世界中のプレーヤーが夢見る大舞台に立ち、国の代表という大きな責任を背負っているというのに。きっと彼はワクワクしていたのだ。どんな流れになるだろう。どんなパスがくるのだろう。自分にどんなサッカーができるのか、楽しみで仕方なかったのではないだろうか。ここに辿り着くために費やした努力と情熱が、自分への確かな自信となったに違いない。自分を信じる強い力になったのだ。

 では、僕はどうだろう。彼のように自分を信じることができるのだろうか。そう思って僕が僕の心と向き合ったとき、僕のなかには認めたくない心がいっぱいあった。自分よりうまくなった一つ年下の弟への劣等感。その弟が海で大怪我をしたとき、どこかホッとしてしまった心の狭さ。そんな弟ばかりに心を寄せる両親への怒り。ずっと一緒にやってきた幼馴染みがバリ島に留学することへの妬み。どうして自分には、同じようなチャンスが与えられないんだろう。羨ましい。悔しい。そして、大会が苦痛。負けることが苦痛。僕のサーフィンの裏側には、こんな心が隠れていたんだ。いつもどこかに言い訳を用意している自分がいる。なんか格好悪いなって思った。

 僕は毎日、波に乗れているじゃないか。国内だけではなく、海外の大会にだって出させてもらっている。そして、群馬県に生まれた僕が、すぐ側に海がある南房総の学校に通わせてもらっているじゃないか。与えられないとひがむ前に、与えられている幸せに感謝することから始めれば、僕の内側にある壁をコントロールすることができるのではないだろうか。負ける不安ばかり考えてサーフィンをするなんてつまらない。心を強くすることは簡単なことではないかもしれないけれど、焦ることはない。だって僕はまだ15歳だし、僕は本当にサーフィンが大好きなのだから。

 僕はいつも明日が楽しみだ。明日はどんな波が来るだろう。明日が待ち遠しくてたまらない。「好き」というのは、生きていることが楽しいってことではないのかな。「ねえ、また明日も早起きしよう。またいい波つかまえようよ。」こう約束をして友達と別れる。僕はプロになる。そしてみんなにこの楽しみを伝えたい。生きることは楽しいよ、美しいよって伝えたい。のびのびと波を操る。僕はそんなサーファーになりたいと、今、心から思う。


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