山形県立山形南高等学校 3年

佐 々 木  諒
 

車椅子開発で広げる活動の世界
 
 私は将来、用途に合わせた車椅子の開発を行い、より安い価格で普及させることを目標にしています。病気や怪我などで、肢体が不自由になっているの人たちの活動の道を広げていくためです。

 このような思いを抱くようになったのは、小学校の頃から続けている硬式テニスを通じて、丸山弘道コーチに指導していただく機会があったからです。丸山コーチは、車椅子テニスの指導も手掛けていて、パラリンピックのテニス大会でシングルス2個・ダブルス1個の金メダルを獲得している国枝慎吾選手のコーチでもありました。そのおかげで、車椅子テニスをしている方々と知り合う機会がありました。

 そこで知ったのが、プレー用車椅子の重要性です。車椅子テニスの場合は、健常者のプレーとは異なり、車椅子を手で動かす動作と、ボールを打ち返す動作を同時にしなければなりません。しかし、車椅子の軌道によっては、返せないボールがあるのです。実際に選手に話を聞いてみると、ある程度までは練習によってカバーができるものの、どうしても思った通りに車椅子を動かすことができず、悔しい思いをすることが多いということでした。

 この前の冬休みに、私は留学中の姉と一緒に、イギリスのロンドンを訪れました。そして、テニスの四大国際大会の一つ「ウィンブルドン選手権」が開催されるウィンブルドンを見学しました。施設の中には、歴代の優勝者の写真が展示してありました。その中にはグランドスラム車いす部門の写真もあり、男子ダブルスで3度の優勝を飾っている国枝慎吾選手の写真もありました。世界的な大会が開かれる異国の地の会場で、日本人選手の活躍を目の当たりにして、とても感激しました。

 日本でもオリンピック後に開催されるパラリンピックに関心が注がれるようになり、車椅子テニスも注目を集めるようになってきていますが、イギリスなど外国に比べるとまだ不十分な感が否めません。競技人口や開催される大会が増えていくことによって、知名度が上がり普及していくのではないかと思います。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2年後には、日本でもより一層関心が高まることを期待しています。

 イギリスの理論物理学者であるスティーヴン・ホーキング博士が、今年の3月14日にケンブリッジの自宅で亡くなりました。ホーキング博士は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症していて歩行が困難なため、車椅子を使用していました。「車椅子の科学者」として知られています。ロンドンを訪れた際、私はケンブリッジ大学にも足を運び、ホーキング博士は在職中車椅子でどのように教鞭を執っていたのだろうかと考え調べてみました。彼の魔法の車椅子は、Intel社のハイテク車椅子開発チームが2年に1台のペースでマシンを提供していたのです。カメラや、心拍センサーなどの身体モニタリング装置との併用で、博士のコンディションを常にモニターでき、走行データはフィードバックされ、今後に生かされるようになっていました。博士の研究や活動は、車椅子開発チームの研究に支えられていたのです。

 私はプレーヤーとしてテニスを続けながら、車椅子テニスの更なる発展のために、様々な用途に応じた車椅子の研究と開発に携わっていきたいと考えています。

 日本は高齢化社会になっているため、障害を持っていない人でも、将来車椅子が必要になるケースが多くなります。そんな時、本当の足と同じとまでは言わないまでも、考えた通りに動くことができるようになれば、充実した生活が送れると思います。私は研究をさら進めて、現在の電動車椅子の大きな問題でもある、コストの高さを軽減させたいです。そうすれば、よりたくさんの人が車椅子を使えるようになるでしょう。一人暮らしで寝たきりのお年寄りでも、安全に外出できる社会作りが私の夢です。


[閉じる]