横浜共立学園高等学校 2年

石 井  佑 理
 

手話で活躍する2020年
 
 私は現在、手話同好会に所属しています。日々仲間とともに、新しい手話を学び、より多くのコミュニケーションをとれるようになるため活動を続けています。また聴覚障害をお持ちの講師の先生を定期的にお呼びして話を聞いたり、実際に手話で会話をする機会を持っています。

 私は入部前、手話が出来なくても身振りや手振りである程度のコミュニケーションはとれるものだと安易に考えていました。しかし実際は手話を用いなければ、どんなに簡単な情報でも正確に伝えることは出来ず、手話の使用がいかに大切か強く実感することが出来ました。また、手話は一つ一つの手の動きに細かく意味がつけられており、はっきりと丁寧に、加えて表情も使いながら行わなければならないものだと分かりました。そして、手話が我が国で法的に一つの言語として認められているということに驚く一方で、日本の人口の0・06パーセント、つまり4500人に1人ほどしか手話を使用していないという普及率の低さに問題を感じたりもしました。このように手話について関心を持つ中で、私がとても考えさせられた先生のお話がありました。

 それは先日亡くなったという、同じく聴覚障害をお持ちの先生の友人が残した一つの詩に関してのものです。その詩には、耳が不自由なことによって感じた孤独について詠(よ)まれていました。先生は、彼がいつも明るく振る舞っていたことから、そのような不自由さを感じているとは思わなかったと話していました。私はこの話を聞いて手話が聴覚障害者にとって、会話を楽しむための大事な手段なのだということに気が付きました。たとえ手話が出来なくても、筆談やジェスチャーで会話をすることは可能だと考える人もいるかもしれません。しかしこれらの方法では、正確に素早く情報を伝えることは出来ず、会話を楽しむことは難しいのです。

 もし手話を使うことが出来たら、このような問題は解決されるのです。私は手話を覚えて孤独感や不自由さを感じている聴覚障害者を助けられる存在になりたいと思いました。

 そして少しでも多くの人と会話が出来るように、私は今学んでいる日本の手話だけでなく、国際手話についても学びたいと思うようになりました。国際手話とは国際交流の場で使われている手話の共通語のことです。私がこのように思ったきっかけは、2020年の東京五輪パラリンピックの開催です。私がボランティア活動をする際に国際手話が使えたら、日本に来てくれる世界中の聴覚障害者の助けになれるのではないかと考えたからです。例えば試合会場等の大変混雑している場所で、アナウンスが聞こえず、周囲の状況を理解出来ないことは、観戦するにあたってとても不安を感じる場面だと思います。こんな時に手話を使って案内の出来るボランティアがいれば、このような不安を感じることなく、観戦を楽しめると思いました。手話が出来ることは、観戦に来てくれる世界中の聴覚障害者に対するおもてなしになると思いました。

 手話が、情報を伝えられるだけでなく、より多くの人と会話をすることが出来る、またそれをボランティア活動にも活かせるものだと分かり、私の中での手話に対する期待が本当に大きくなりました。手話が使えれば、より多くの人と会話が出来ます。ボランティア活動をする中で、手話が多くの人の目に留まりこの素晴らしさが広まってくれれば嬉しいです。

 私の目標は2020年までに、日本の手話だけでなく国際手話も習得することです。一人でも多くの人に観戦を楽しんでもらうために、東京五輪パラリンピックで手話を活かしたボランティア活動をします。


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