群馬県立利根実業高等学校 3年

石 井  裕 菜
 

農業女子の挑戦
〜「ジイジ」を助けるのは私、農業の高齢化問題を考える〜
 
 「ジイジ、私、農林大学校に行って農業やるからね。」

 「それじゃジイジも、それまで頑張らなくちゃいけねえなぁ。」

 私の家は、群馬県北部の「やさい王国」を自認する昭和村にあり、ホウレンソウなどの野菜を10ヘクタール栽培する専業農家です。

 父は、早朝から野菜の収穫に追われています。そのために幼い頃より祖父に育てられた私は、今でも「じっちゃん子」です。

 祖父は70歳を超えており、雨の中でのホウレンソウの収穫を見ていると、とても心が苦しくなります。「今度は私がジイジを助けるから。」と、いつも心の中でつぶやいていました。私は、一人っ子であるために、小学生の頃から農業後継者になると決めていたのです。

 私は現在、早起きをして農作業を手伝ってから登校しています。休みの日は、一日中農業をすることもあります。これは自分のやるべきことなので、手伝いという認識はありません。

 祖父に聞きました。「ジイジ、体の調子大丈夫?」

 「辛いけどさ、農業以外の仕事はしたことねえし、農業が大好きなんだ。」

 年老いた祖父を見ていると、農業は高齢者に生き甲斐を与えることのできる職業であると実感しました。

 現在の農業の最大の問題は、人手不足と高齢化です。後継者不足の中で、機械化による経営規模拡大は十分に可能です。しかし、高品質の農業生産に不可欠な細かな手作業には、高齢者特有の根気強さこそが大きな力になると私は考えました。

 高齢者に働く機会を与えることは、内向きになりやすい意識を変え、社会参加することで自分自身の存在意識を高め、生き甲斐を生み出します。自分が生きることの価値を社会が、そして自分自身が認めることになるのです。高齢者には生きることへの価値を認めることこそが、最も大切なことなのです。

 また、体を動かすことによって、高齢者に健康を与えることもできます。さらに、収入を得ることにより高齢者に生活力を与えることもできるのです。高齢者にとって農業はかけがえのない職業になると私は確信しています。

 「オレは、動けなくなるまで農業をやることが夢なんだ。」と、口癖のように言う祖父を、そして多くの高齢者を農業は活かしていくことができるのだと、私は強く思っています。

 「高齢者を活かした農業」こそが、日本の農業の欠点を克服し、そして高齢者にも、大きな利益を与えることが出来ると私は確信しています。

 私の地元は高品質の小豆産地として高く評価されています。そこで、私の家では祖父のために白小豆50アールの生産を始め、日本一と誰もが認める「虎屋の羊羹」の原料として1.5tを出荷しています。

 5月に播種をし、豆が乾燥する11月に収穫し、畑が使えない冬の4ヶ月間をかけて選別を行います。選別は、機械を使用しながら慎重に行う高齢者向きの作業です。農閑期を有効利用できること、室内で作業ができることを考えると、私が就農後には規模を拡大して、地域の高齢者の雇用を増やしていこうと考えています。

 また、この地域の白小豆は高値で取引され、10アール当たり25万円の純利益があげられます。これまで冬場に収益がなかった農家に利益をもたらすことができるのです。そして、私の経営が軌道に乗れば、地域に広めて特産化することで、地域農業の活性化につながると確信しています。

 近年「農業女子」という言葉をよく耳にします。農産物の購入者の多くは女性です。女性には男性にはない感性で農業を行うことができるはずです。女性だからこそ、消費者に近い立ち位置で農業を考え、農業生産を行うことができるはずです。女性であることは農業の経営にとって決してマイナスではありません。

 高校卒業後、私は群馬県立農林大学校で農業経営について学びます。そして、農業女子活動に力を入れている群馬県とともに、農業経営をとおして女性だからこそできる高齢者の生き甲斐作りを研究・実践していくことが私の夢なのです。

 「ジイジ」に育てられた私が、今度は「ジイジ」を助けていきます。


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