国際パティシエ調理師専門学校高等課程 3年

茂 木  啓 彰
 

料理の音
 
 トントントン、ジャッジャッジャッ、さまざまな音が聞こえてくる。料理を作るためにはこの音達が欠かせない。食材を切る、焼く、揚げる、盛り付けるときにも音は聞こえてくる。料理を作っている音以外にも音は聞こえてくる。料理人達の支え合う声。注文をする人の声。皿の重なる音。店からたまに聞こえてくる子供たちの声。これらの音は決してうるさいのではなく、この音が調理場なのだと思う。営業が終わった後に来る静けさ。お客はいなくなり、ただ片づけをしている小さな音だけが厨房に響く。また音は日により変わる。店が忙しくなればなるほど、音は大きく騒がしく。終われば、疲れと合いまってより音は小さく静かになる。僕はこの音の変わり様、音の流れが好きだ。僕はこの音を奏でる料理人を目指している。

 僕は料理を作るのも食べるのも好きだ。けれど中学校2年生まで料理にあまり興味を持っていなかった。否。持たないようにしていた。それはなぜか。僕の実家はそば屋だ。学校のみんな、先生から興味津々に口をそろえて、「そば屋を継ぐんでしょ。」「継がないの。」と一方的に聞いてくる。それが嫌いだった。自分の将来を他人に決めつけられる。ただそれだけが頭の中を蝕んだ。

 中学校3年生になり、進路指導が待ちかまえていた。頭の中を蝕んでいるものが邪魔をし、なかなか進路が決まらなかった。迷っていたとき、母親が僕の好きだった3つ上の先輩のことを話し始めた。母親が「調理学校で先輩が頑張っているよ。」と勧めてくれた。興味が出てきて、調理学校の学園祭に足を運んでみた。レストランではフルコースをやっていた。初めてのフルコースに挑戦してみる。めちゃめちゃ美味しかった。食べているとき頭の中は、「どうやったらこんな味になるのだろうか。」「どうしてこんなものが作れるのか。」でいっぱいだった。食べているとき、少しだけ厨房の方から音が聞こえてきた。皿の重なる音、支え合う掛け声がしていて、その中に先輩の声がした。その声は忙しそうに聞こえるが、とても楽しそうに聞こえた。学園祭を見て、料理は楽しく奏でるものなんだと感じ、蝕んでいたものが取れた。僕は自分のやりたい事をやると決心し、調理学校へ入学を決めた。入学したときには先輩は卒業してしまったが、先輩から「やるだけやってみろ。」と背中を押してもらった。

 2年生になり、料理も楽しく自信が付き、ホテルでアルバイトを始めた。最初は緊張で何も聞こえなかった。一人で野菜の掃除を任された。作業をしているうちに自分の音が聞こえ始めた。心臓の音、作業の音が聞こえてきた。ふと、周りの音に耳を傾けてみたら厨房の音が聞こえてきた。食材を切る音。焼く音。皿の重なる音。料理人の掛け合う声。音が響き耳に流れてくる。営業が終わり静かになった。片づける音。この音の流れが聞こえた瞬間、この音の一部になり奏でたいと思った。

 僕は料理を奏でるために日々努力をしている。奏でるために必要な知識、技術を蓄えている。「そば屋は継がないの。」と言われたが、今はやりたい事、目標としている所まで目指そうと思う。いつかは音の流れの一部になり、仲間と一緒に楽しく働ける料理人になりたいと思っている。


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