菊武ビジネス専門学校高等課程 3年

斎 藤  優 児
 

夢への一歩
 
 「あなたの将来の夢は何ですか?」誰もが一度はされた事があるであろうこの質問に僕は答えられた覚えがない。いや、答えられなかったというより答えなかったといった方が正しいのかも知れない。

 僕は人に自分の夢を馬鹿にされ、反対されるのが何よりも怖かった。僕の夢はそれほどまでに安定しない職業なのだ。

 小説家に憧れたのはいつからだろうか。

 僕は小・中学生の頃、不登校だった。何か虐めを受けて行けなくなったというわけではない。親の離婚が原因で精神的に弱り学校を休みがちになった。

 今の時代、親の離婚なんていくらでもあるが、当時小学生だった僕には大好きだった父と離れて暮らすというのは大きな衝撃だった。

 学校を休む、というのは不思議な事に1日休むと次の日が本当に行きづらいのだ。たった1日休むだけだが自分だけが別の世界に取り残されたような、クラスのみんなが自分を忘れてしまっているのではないかと不安に襲われることがある。

 いつからか学校に行かれない自分が嫌になりストレスで体調を崩すようになった。朝起きると腹痛で起きられず学校を休んでしまう。夜になり「明日は行くぞ!」と意気込んでも不安で夜はなかなか寝付けない。そして眠れないまま朝を迎えると腹痛でまた行けなくなる。母が、「今日は行けそう?」と優しく聞いてくれるのに対してただ首を振ることしか出来なかった。母が落胆して部屋を出て行く姿を見て、申し訳ない気持ちと同時に自己嫌悪に陥っていた。そんな朝日に怯えた生活を繰り返していた。

 中学生になったある日、母に連れられて行った病院で医師に入院を勧められた。

 そこの病院は病院内に学校が併設されている院内学級というのがあり、そこに通うことになった。

 そして僕の人生を大きく変えた恩師に出会ったのは入院してから数日後の事だった。

 その日は院内学級の先生と面談する事となった。僕は教室の前で深呼吸をし、2回扉をノックしてから少し声を震わせながら「失礼します」と教室の扉を開けた。

 そこにはパッと見50代前半の眼鏡を掛けたいかにも「先生」という見た目の男性が立っていた。先生は「こんにちは」と落ち着いた声で優しく微笑んだ。これが恩師との出会いだった。

 先生の専門は国語と言っていたが本当に国語の先生?と思う程にどの授業も分かりやすかった。どの授業よりも時折してくれる先生の雑談が大好きだった。本を読むのが好きな僕にオススメの本を紹介してくれたり、普通の学校では学べない色々な話をしてくれた。

 ある時先生は昔の教え子の話をしてくれた。その生徒は大層な問題児でいつも先生達は頭を悩ませていたそうだ。しかし先生は「そいつは家庭環境のせいで道を間違えたけれど根は優しい子だった。一度傷ついた人は人の痛みがよくわかるんだよ。」と言っていた。そしてその生徒はいつしか生徒会長にもなったそうだ。先生は「人は誰でも変われる」ということを教えてくれた。

 先生に出会って自分も「人は誰でも変われる」と伝えたいと思った、それも大好きな本で。そう思った時に僕の夢は自ずと決まっていた。

 「あなたの将来の夢は何ですか?」今なら自信をもって答えられる。僕の夢は小説家だ。


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