山形県立置賜農業高等学校 3年

井 上  大 輔
 

かけがえのない財産
 
 「再測。」

 これは、昨年のサーベイコンテスト審査員から言われた言葉です。私たちは平板測量の部に出場し、他の参加チームのなかで一番に外業を終了したはずでした。しかし据え付ける時のネジの緩みから、視準がずれたことが原因でした。何回も練習し、好調と思われた外業でありえないミスが生じていたのです。

 初めてのサーベイコンテストで緊張していたこともありますが、スピードを優先したために慎重さを失っていたのです。残されたわずかな時間で再測を開始しましたが、焦れば焦るほど正確さを失っていきました。なんとか内業までたどり着いたものの、精度の落ちた測量ではいい結果を出すことはできませんでした。しかし同時に私は、「こんな単純なミスが全てを台無しにしてしまうんだ。測量って面白い!」と感じていました。そしてこの大会をきっかけとして、農業土木の知識を使って、将来何か役に立つ仕事ができないかと考えるようになりました。

 私が育った山形県の川西町は、明治十一年にイギリス人の女性旅行家イザベラ・バードが「鍬で耕したというより鉛筆で描いたように美しい」と記し、「アジアのアルカディア(理想郷)である」と称賛したところです。5月になれば青々と茂る一面の水田、8月には赤や白、紫といった色とりどりの大輪のダリアが咲き誇ります。また、レッドデータにも載っているチョウセンアカシジミなど、世界でも珍しい生物がいる地域でもあります。小さいころから当たり前だと思ってきたこの田園風景ですが、いつしか「この自然をずっと守っていきたい」と思うようになりました。

 しかし、そのような思いを持ちつつも具体的な方法を見つけられないまま、漠然と地元の置賜農業高校に進学しました。そこで農業土木の授業を受けました。特に圃場整備の学習では、米以外の作目でも田んぼで生産できるように圃場の汎用化を同時に進めていることや離農による耕作放棄地を少なくするためにも、担い手への圃場集積が欠かせないこと、農業県であるはずの山形県が、実は先進的な基盤整備事業でこのように遅れているとは、高校で農業土木を学ばなければ全く知ることもできませんでした。自然が豊富で、他の生物との共存を果たしていると思っていた美しい田園風景の広がる川西町でも、人間の活動によって生き物の生態圏が破壊され、守らなくてはならない自然が多くあることに驚かされました。はじめは「こんな田舎にビオトープがいるのか?」と疑問を持っていたものの、活動を進めていくうちにその意義を理解し、この美しい農村環境を守ることが農業土木の意義だと理解しました。

 私は今年度、昨年十一月に設置した魚道の効果と、圃場整備された水田で作業効率の向上が図られたのかを検証する計画を立てています。作業時間やCO2の排出量を調べることにより、圃場整備事業が環境負荷を抑える意味合いもあることを実証するべく、置賜総合支庁農村計画課の方々や地元農家の方々と調査を進めます。

 これらの活動を通して、いつも何気なく見ている「美しい水田が広がる川西町の農村風景」そのものが、今の日本で最も守らなくてはならないかけがえのない「財産」だと気が付きました。そして、川西町に暮らす一住民として、そのことを引き継ぎ、次世代に伝えていきたいと思います。そしてこの「農業土木」の知識を生かし、高校卒業後地元企業に就職し、この川西町特有の「景観」という財産を守る「人財」になろうと思います。


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