山形県立置賜農業高等学校 2年

池 内  春 日
 

畜産農家を目指して
 
 私は置賜農業高校に進学し、「畜産」の授業を通して、和牛の飼育・生産の仕事に興味を持つようになりました。私の住む地元、山形県米沢市は、全国でも名高い銘柄牛の一つである「米沢牛」の産地です。

 私は昨年の12月26日から5日間、米沢牛の飼育を行っている「大竹農場」で畜産農家の仕事を体験しました。

 一日の仕事は午前6時、餌やりの作業から始まります。餌は、藁やビール粕を混ぜた飼料を与えました。ビール粕を与えることで、ビールに含まれるアルコールの効果で肉質がやわらかくなると教えていただき、新たな知識を得ることができました。

 その後、除ふん作業を行いました。作業はふんを集めて除ふん機に入れるという一見、単純なものでしたが、想像以上に体力が必要な力仕事で、担当する20頭の作業を終える頃には疲れ切っていました。毎日この作業をしている畜産農家の苦労を身に染みて感じました。

 これらの作業を通して、私が学校の授業で行う作業と畜産農家で行う作業は、方法や仕事量の他にも、仕事に向かう「心構え」が異なると感じました。授業では、先生方が手取り足取り教えてくださるので大きな失敗をすることはありません。しかし、畜産農家では一つの小さな失敗が自分の収入に大きく関わります。そのため、一つ一つの作業に「責任」を持たなくてはならないと強く感じました。

 また私は、「大竹農場」の代表を務める大竹忠吉さんに、畜産農家になった理由や苦労した経験を伺いました。大竹さんの家は元々、牛乳を生産する酪農家でした。大竹さん自身は若い頃、一般就労をして家業を継ぎませんでしたが、お父様が亡くなり家を継ぐことになりました。しかし、酪農は一人で経営していくには難しく、畜産農家の中でも長く続けられる肥育農家に切り替えることにしたそうです。大竹さんは、個人経営で畜産の仕事をしており、一人でも牛を飼育できるように機械を導入したりコストをかけない飼料作りをしたりと、工夫をしながら自身の力だけで安定した生産・経営ができるようにしていました。

 そのような中で、突如起きた新型コロナウイルスの影響が大竹農場にも及びました。外食の機会が減り食肉の需要が落ち込んだことで牛を出荷できなくなり、収入が激減しました。大竹さんは持続化給付金を得てなんとか持ちこたえることができたそうですが、周辺には離農した農家も多く、新型コロナウイルスがいつまで続くか分らない不安からではないかとおっしゃっていました。

 私は、「大竹農場」での職業体験を通して、24時間管理を必要とする畜産の仕事の大変さや畜産経営の厳しさを感じました。その一方で、仕事に対するやりがいや牛と関わることの楽しさも味わいました。そして、一つの夢を抱くようになりました。

 私の夢は、生まれ育ったふるさと米沢で和牛農家になることです。消費者に安心して買ってもらえる「米沢牛」を作っていきたいと思います。そのために、私はこれから和牛の生産や畜産経営について専門的に勉強していきたいと考えています。

 現在、畜産農業を取り巻く環境には、農業人口の減少と高齢化、新型コロナウイルスによる和牛需要の減少とそれに伴う収入の減少といった課題があります。このような課題にも、立ち向かえる「生産力」と「経営力」を身につけたいと思います。具体的には、「スマート農業」を取り入れたりネット販売をしたり、利益を薄くして品物を多く売り、全体としての利益を上げる薄利多売を導入してみたいと考えます。これらの経営方法を学び、質の良い生産物を低コストで生産し、多くの消費者に届ける方法を追求していきたいと考えています。

 私は学校生活で畜産学や経営学など農業に関する様々な分野を学び視野を広げ、卒業後は東京農業大学へ進学したいと考えています。自分の未知なる可能性を信じ、多くの人に愛される畜産農家になりたいと思います。


[閉じる]