横浜市立ろう特別支援学校高等部 2年

中 原  未 来
 

将来の夢
 
 私の将来の夢は、看護師になることです。その理由は、私は人の役に立ちたい、大切な命を守りたいと思ったからです。私がそう思うようになったきっかけは二つあります。

 一つ目は、学校内でのいじめです。私は小学生の時、いじめを受けてきました。そのいじめとは、私が障害を持っていることで仲間として認めてもらえなかったり、面倒くさい仕事を押しつけられたり、学校に行く日はとてもつらくて怖い気持ちになりました。

 私と同じようにいじめを受けている人はたくさんいます。中にはいじめがきっかけで、生きることをあきらめ自ら命を絶つ人もいます。私もそういうニュースを見ると、自分も死んだほうがいいのかと思ったりした時期もありました。ですが、死んでしまったら、自分自身はもちろん家族、そしていじめに加わらず、ずっと私と友達でいてくれた仲間もみんな悲しんでしまうと考えたら、死ぬことが怖くなりました。

 しかし、中学生になると、いじめは嘘のようになくなりました。どうしてか私にも分からなかったのですが、こうして友達ができたと感じるようになり、その後、お互いに助け合い、みんなから頼られるようになりました。そして私は、「いじめで自分を見失っている人たちに味方だよと言いたい」「その人の辛さを分かってあげたい」「独りにさせない」と思えるようになりました。これが、一つ目のきっかけです。

 二つ目のきっかけは、母の死です。母は私が中学一年生になって、すぐに他界しました。母は喉の病気で、長い間入院しており、だんだん話せなくなっていました。でも母は話せなくなってからも、私が学校へ行こうとするといつも笑ってくれました。

 長い闘病生活で苦しいことも多かったと思いますが、母は私たちの前ではいつも笑い続けてくれました。そんな母のことを思い出すと、最後まで強い人だったと思います。そんな母が死んでしまって、私はとても悲しかったのです。あれから3年以上たちました。今もつらいですが、それ以上に母は私に「人生」について教えてくれました。母は、「人生は楽しいことだけじゃない。辛い瞬間だってある。でも、その出来事を受け入れないと楽しい人生を歩むことができない。あなたは障害を持っているし、これからも辛いことだってある。でも、あなたは絶対に負けないでどんなことがあっても、自分を信じて生き続けなさい。」と遺書に書いてくれていました。

 人は必ず死んでいく、その事実を知った私は母のように強く生きようと気持ちを切り替えて、母のような病人をしっかり支えたいと私は看護師を目指そうと思いました。

 これら二つのことがきっかけで、私は将来看護師になりたいと思うようになりました。

 ですから、今、私は看護師の夢を実現させるために、懸命に勉強をしています。看護師について調べると、とても精神的に辛い仕事だと分かりました。例えば、残り僅かな患者さんの死を見届けることや、病気が進行している患者さんに不安を与えないように配慮し続けなければなりません。私は決して屈せず、母の思いを背負いながら、少しずつ夢に近づきたいと思います。


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